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2011年03月30日 (水) | Edit |
歩いていかなきゃって
ようやく腹をくくれるようになったというか。

ようやく、ブログを書こうと
言葉で今の気持ちを綴ろうという気になれたというか。

まだ、なかなか気持ちの整理が着かない自分がいます。
あっけらかんと、明るく振る舞うのが信条だし、
自分が出来ることってそれだから、やってはみてるんですけど。
ここでは、ちゃんと自分の気持ちを出しておこうと思います。

数年後の自分が見た時に、自分に還元できるように。
未来の自分が、過去の自分を受け止められるように。


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3・11 15時ちょっと前。

それまでは平和でした。
笑って話したり、仕事したり、いつものように時間が過ぎていきました。

いきなり襲ってきた地震と津波が、私たちの生活を一変しました。

職場は流され、何もかもなくなりました。
周りはがれきの山。流されて亡くなった方も多く、職場のみんなが無事だったのが奇跡だと、神様に感謝しました。

ですが、まだ安否が不明な方も現時点で多く、その中には知り合いもいるので、早く判明してほしくて。

しばらく避難所にいたのですが、正直参ってしまい、身体が限界を迎えていたので、実家に避難。

現在も実家で生活しています。
すごく向こうのことが心配だし、ホントは自分の仕事がある中で、先輩に任せっきりなところが申し訳なくて。

だけど、体がまだ調子悪い。めまいがまだひどいです。

でも、あの状況から逃げてしまったのは事実。
腎機能も低下してむくみ、ヘルペスも出て、ヤバいって焦っていました。
だから、あの場所から離れてしまった。
病院通いをして、今は大丈夫だけど。
でも、こんなにこっちにいて、ホント申し訳ない。
それだけが後悔です。

でも、そんな生活も後少し。
交通手段である車もあとちょっとで納車だし、生活必需品もゲットしたしで、明後日には向こうに向けて出発。

すごい迷惑かけた分、恩返ししたいと思います。


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でも、今回のことで、多くの方々に心配をかけまくりました

被災直後に

小学校、中学校、高校、予備校、大学の友達

ネットでお知り合いになった方々

家族

親戚

小さい頃からお世話になっているご近所の方々

両親の友人

ずっと指導してくださっている書道の先生

大学の指導教官

大学の研究室の先輩方


みんながすごく心配して、私のケータイに電話やメールを送るだけでなく、実家にまで電話をしてきたそうです。

結局、実家と今働いている場所がかなり離れていて、全然連絡が取れないから、余計に心配かけつしまい。

今回の件で、

「また戻って仕事続ける」

って話すると、家族や親戚一同猛反対。
特に今、入院・手術する親族がいて、直近の血縁者がうちの親なので、その方の身の回りのことをするのにバタバタしてるのにも重なってしまい、大人からすれば


『そんな状況になったのに、近くにいなくて逆に大変だし、心配なのに、なんでまた戻るの?』


ってことらしい
親に至っては、

『仕事辞めて戻ってこい』

とまで、相当な剣幕で言い。

それを見てきて、複雑な気持ちです。
なんとか説得したり、ちゃんと話をして、納得して貰ったつもりですが、親の立場で考えるとそうだよなーって、ちょっと納得。


まぁ、いろいろ思うところはあるのですが、また気持ちがまとまったら、書きたいと思います。














あ、あと、事後報告ですが、私フラれました(笑)。

しかも、震災前日に(苦笑)。

でも、もう痛手はないです。
ふっきれたし

ホント、いろんな意味で、新たなスタートを切れそうです。
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